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引き続きシャン州です。

この日はピンダヤへ行くのが目的なのですが、今回は知り合いのお坊さんがピンダヤ
方面の別の村へ行くのに便乗したため先に村へ行くことに。

その村に行く途中に立ち寄った村で市場が開かれていたので見に行きました。
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この辺りはどこの村でも結構そうですが、車など文明の利器の存在をちょっと脇に置くと、
日本の江戸時代頃の村はきっとこんな雰囲気じゃなかっただろうか、という光景に遭遇します。
そんなタイムスリップ感を堪能するのもミャンマーの旅の醍醐味です…と私は思ってます。

この飯屋。このテーブル。いいなあ。
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飲みっぷりがいいなあ。まあ、お茶ですが。
2014年とは思えぬたたずまいに何でもとにかく感動するのでした。
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by thitsa | 2014-04-27 18:05 | 未分類 | Comments(0)

茶葉を摘む光景

洞窟寺院で有名なピンダヤ方面へ行きました。

途中見かけたのはお茶の葉を摘む女性達の姿。
カメラを持って近づいて行ったらみんな向こうを向いてしまいました。
怪しい者ではありません、ただガイジンなんです…。
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茶葉を摘む様子を見せてもらいました。
ここの茶の木は高さをある程度揃えてありました。
シャン州でよく見かけるのは剪定していないそのままの茶の木。
それは日本の茶畑を見慣れている目には奇異に映る光景。

剪定することで余分な栄養が拡散せずに集中的に新芽と新葉にに供給されるので
成長がよく、幹や枝も健康でいられると本で読んだことがあります。
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ここは一応ちゃんと剪定しているんだな~とちょっと感心しながら摘んでいる葉をみると、
なんだかずいぶん大きな堅そうな葉っぱが目立つ。
これらは食べるお茶になるのか、それとも飲むお茶になるのか。
飲むお茶であればもっと若い葉の方がよさそうな気がします。やはり食べるやつかな…。
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by thitsa | 2014-04-26 14:25 | 農業! | Comments(0)
引き続きシャン州です。

山岳少数民族ダヌ族のおばあさんが家に遊びに来てくれました。
なんと94歳!

医療もしっかり整っていないシャン州の田舎の村で94歳というのは
奇跡的な高齢だと思います。特にお金持ちでもない、普通の農家です。
しかもとっても元気!目もよく見えるし耳も結構聞こえる。
谷の向こうからうちまで舗装されていない坂道を歩いて来ています。足腰もしっかりしている。
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耳に付けている金のピアスは15歳のときから付けっぱなしとのこと。
取れなくなってしまったのだそうな。80年近く付けたままというのもすごいことだ。
買った当時の値段は16チャット。
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そんなおばあさんに長生きの秘訣を訊いてみました。

常に心をまっすぐに保って物事を考える。
悪いことはしない。悪いことは考えない。
仏陀への祈りは欠かさない。

食べ物で気をつけていることは特に無いそうです。

とにかくよく笑うおばあさんでした。会話中は絶えず笑っていたと思います。
その辺にも長寿の秘訣が隠されているように思いました。
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by thitsa | 2014-04-21 19:51 | 人・暮らし | Comments(4)

農業研修センターの畑

センターの裏手には小規模ですがダム湖が作られていて、その横にセンターが
様々な作物の試験栽培を行う畑がありました。
とはいえ今は時期ではないのであまり作物を見ることはできませんでした。

手前はキャベツですね。
それからテントのような休憩所。
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この時期は暑いし雨は降らず水不足気味なので大量に水がある場所はみんな
嬉しいんでしょうね。パンツ一丁で若者衆が水場の涼を楽しんでいました。
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ハート型のピアスがかわいい女の子が背負うのは農薬噴霧器。
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ひまわり。ミャンマーではひまわりの種をよく食べます。
映画観たりバスに乗っているときなどに。
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水遣りはジョウロを2つ抱えて行っていました。
暑い中、結構な重労働ではないでしょうか。
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近くで見たらいきなり美少女だったのでびっくりでした。
この写真でわかるかな?
大変な仕事の中、わざわざ顔写真を撮らせてもらうのも気が引けるので
やめときました。
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by thitsa | 2014-04-20 15:36 | 農業!
1週間ほど南シャン州に行ってました。本日ヤンゴンに戻ってきました。
滞在中はネットの速度が遅すぎるためほとんどアクセス不可。全然ブログ更新できませんでした。
ここヤンゴンでも3G通信は遅いのですがそれでも早く感じてしまいましたね。
 
南シャン州では主に農業関連についてあちこち見に行ってきました。
自社の畑はもちろん、地区の国営農業研修センターや農業企業、いくつかの地方の畑の様子も見てきました。
研修センターや農業企業などは連日海外の企業から視察に来ているそうで、この地域の農業への
海外からの熱い視線をヒシヒシと感じずにはいられませんでした。

国営農業研修センターの畑にて。
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世界を見据えた野菜の加工工場。
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旅の途中で遭遇したのはある田舎の得度式。普段は静かな村が大変賑やかになっていました。
いきなり中世のような光景が現れてちょっとびっくりでした。
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この辺りは桜はこの時期咲いてませんでしたが、暖かな陽気、霞む山並みが日本の田舎の春の様でした。
ヤンゴンはめっちゃ暑いですが、ほんのしばらくの間だけここで日本の春っぽさに似た雰囲気を
楽しむことができました。

シャン州の旅の様子、農業情報を少しずつ載せていきたいと思います。
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by thitsa | 2014-04-16 17:47 | 農業! | Comments(0)
日本からの依頼であるものを届けるために、ヤンゴン北郊外の
モビーという町の先にある僧院の瞑想センターへ行ってきました。
この瞑想センターはパオ瞑想センターといいますが、
本家はモーラミャインにあります。

道中、僧院が建てた標識のダルマさんが放つ眼力に少々度肝を抜かれつつ到着。
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お届けしたのはパナソニックのソーラーランタン。
ソーラーパネルが付属したライトです。
パナソニックが東南アジア地域を対象に販売に力を入れているものですね。
電力事情の良くないこの地で役立てて欲しいとの思いで日本の依頼者が
寄付をされました。

瞑想センターを少し見学させていただきました。
右手にあるのは瞑想修行者のための宿舎。個室になっています。
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お堂の中。
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昼食をご馳走してくださいました。
野菜を中心とした精進料理。おいしかったです。デザートにアイスももらっちゃいました。
料理担当のおばちゃんはビニール手袋をしていました。
ここでは衛生面にとても気を使っているようです。
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また、食事をいただきながら、僧院で修行を行いながら日本語の通訳も務める
チョーチョータイさんが日本語で僧院のこと、瞑想のことなど話してくれました。

この僧院では現在3人の日本人が修行されているそうで、うち2人はミャンマーの
お坊さんになった方とのこと。
瞑想について簡単に説明をしていただいたのですが、以前から本を読んで学んでも
なかなかよくわからなかったことも少し理解が進んだ気がします。

僧院は森林に囲まれた静かで何だか平和を感じる、とても心の落ち着く場所でした。
今はヤンゴンは暑い時期ですが、ここは都市部に比べて幾分気温が低いようでした。
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by thitsa | 2014-04-09 16:27 | しごと | Comments(0)
今回の旅に関連して、昨年末に旅した際の遺骨の話も載せておきますね。
こちらは日緬情報誌SHWE BAMARの2月号に掲載していただいたものです。


今なおミャンマーに眠る遺骨

日本人が「ミャンマー(ビルマ)」と聞いて思い浮かべるもののトップ3に
「ビルマの竪琴」が入ると言っても、異論を挟む方はおそらく少ないだろう。
戦後、竹山道雄が書いた小説はその後2度にわたり映画化もされ、誰もが知る名作だ。

私が初めてミャンマーという国について知ったのが中学生の頃にこの映画を観たときだった。
異国で朽ち果てた戦友の屍を放っておけず、供養のため僧侶となって、
ひとりビルマに残る決意をした水島上等兵の姿に感動を覚えたものだった。
それ以来、どこか心の奥に、もし自分にも機会があれば水島の様な行動をするかもしれない、
という漠然とした思いが宿り続けていたのだろう。

先日、ミャンマー人の知人から日本兵の遺骨が放置されている場所があるという話を聞いたときにも、
その地を訪れることになんのためらいも感じることはなかった。

ヤンゴンから車で6時間程の、幹線道路沿いの小さな町が知人の故郷だった。
まず知人は広大な水田の先にある寺院を案内してくれた。
そこに101歳で亡くなった日本女性の墓があると聞いていたからだった。
寺の僧侶の話では、女性はずっと日本で暮らしていたが、
自分が死んだらこの地に遺骨を埋めてほしいと娘さんに遺言を残していたようだ。
女性の夫は第二次世界大戦中、この辺りで亡くなったのだという。
しかし夫の遺骨は日本に戻ることはなかった。今もこの地のどこかに眠っている。
だから死後、少しでも夫に近づけるようにとこの地を永眠の場所に選んだのだろう。

寺院の隅に南国の草木に包まれるようにして1つの墓石が置かれていた。
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寺院に眠る日本人女性について語る僧侶。
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翌朝、町から少しだけ離れた林の中の小さな集落を案内された。そこは幹線道路の
すぐ脇にあるというのに道は舗装されず家も昔ながらの木造建築が連なり、
何だか突然過去の時代へ戻ってしまったかのような雰囲気だった。

ひっそりと林に囲まれた集落。
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遠くに見える山脈は日本軍の撤退ルートだった。
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とある家でひとりのミャンマー人の老人から話を聞いた。彼は戦争末期、
村の外れの林で起こった惨劇を覚えていた。そこには8人の日本兵がいたという。
皆衰弱し、移動を続けることができなくなっていたのだろうか。
上官は彼らを並べて射殺し、その後自ら命を絶った。
その場所は戦後ずっと林の中でそのまま放置されていたというが、
その後農地拡大のため林の木が一部伐採され、遺骨が再び人の目に触れることに
なったのだと言う。現地を案内してもらったがそこはわずかな窪地になっていて、
今は丈の長い雑草に覆われていた。

「遅すぎるよ…」

そう言ったのはそばにいた村人の一人だった。当時を知る老人は既にそのほとんどが亡くなり、
話を聞いた老人は惨劇を知る最後の一人だった。今回、彼と会うことができなかったら、
永久に遺骨は発見されなかったかもしれない。

右手の草むら約70年間、遺骨が放置されたままだという。
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日本政府は大戦中に海外で亡くなった戦没者の遺骨収集事業について、平成26年度から
南太平洋諸国やミャンマーなどでの収集を強化する方針を固めたという。
ミャンマーに残る遺骨はおよそ4万5千柱。既にその存在を知る現地人も多くはこの世を去り、
見つけることのできない遺骨は相当な数だろう。早急な行動が必要だ。


この日緬情報誌SHWE BAMARですが、なんと3月号を最後に休刊になってしまいました。
5年以上フォトエッセイを連載させていただいてたのに残念…。
近いうちにウェブ媒体で何らかの形で再スタートする予定とのこと。
期待したいと思います。


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by thitsa | 2014-04-07 15:02 | 戦争のこと | Comments(0)

山脈に眠る日本兵

大変な苦労をしてバイクに乗って僻地の山奥までやってきたのは、
旧日本兵の方の遺骨があるという話を聞いたため。

同行した日本人は昔からミャンマーに関わっている後藤さん
大変興味を持たれていたので今回お連れすることになりました。

途中何と象さんにも遭遇。
あんまりジロジロ見ると近づいてきて危ないぞ!とのことなので
なるべく目を合わせないようにして撮影。
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ついに日本兵が亡くなったという現場に到着。
ここでは2名の日本兵と5名のミャンマー人が亡くなったとのこと。
5人のミャンマー人はポーターとして雇われ、後に日本兵によって
射殺されたと聞き、複雑な思いに。
口封じのために世話になっていた現地人を殺すということはよくあった
ようですが、いかに戦時とはいえいたたまれない思いを感じます。
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物凄い炎暑の中、時間も無く皆体力を消耗していたため遺骨の捜索は断念。
2名の日本人と5名のミャンマー人のために線香と飲み物を供えて冥福を祈りました。
ちなみにポーターのミャンマー人は6名いたのだけれど、1名は生き残ることができた。
そのため70数年後の今、私たちがここで起きたことを知り、この場所に立つことができたのでした。
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日本政府は大戦中に海外で亡くなった戦没者の遺骨収集事業について、平成26年度から
南太平洋諸国やミャンマーなどでの収集を強化する方針を固めたというニュースがありました。
ミャンマーに残る遺骨はおよそ4万5千柱。既にその存在を知る現地人も多くはこの世を去り、
見つけることのできない遺骨は相当な数になるでしょう。早急な行動が必要だと思います。

ミャンマーの戦争関連の話はこちらにも色々書いていますのでご興味のある方はご覧ください。


こちらは以前、近隣の村で発見された従軍記章。
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by thitsa | 2014-04-07 12:29 | 戦争のこと | Comments(0)

孤児たちの学校

僻地の旅の続きです。
町から離れて人家がまばらな荒地のような所をバイクで走っていると…
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突然大きなバスが停まっていた。
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そこにあったのは付近の孤児たちを集めた孤児院でした。
お寺が運営する孤児院で、学校も併設して子どもたちに勉強を教えていました。
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バスに乗ってきたのはその学校を支援しているNGOのメンバー達とのこと。
身なりのよい若者たちの集まりで、立派なカメラを持っている若者もいて、
最初は韓国あたりのNGOかと思ったのだけど、ミャンマーのNGOとのことでした。
熱心に子どもたちの様子を写真に収めていました。

もともとお寺を中心に寄付や相互扶助の文化が定着しているミャンマー。
ヤンゴン市内でもあちこちでしょっちゅう寄付を求める声がスピーカーから聞こえてますが、
そんな中で若者がこうしたNGOを立ち上げるのはごく自然な流れのような気がします。
今後こういったグループは増えていくのではないでしょうか。
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そういえば、今回の旅の目的をまだ書いていませんでしたね…。
実は旅を共にした日本人もいるのですがまだ紹介できていない…。

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by thitsa | 2014-04-05 12:47 | 建物 | Comments(0)

村の国勢調査に遭遇

僻地を旅する途中、とある集落で国勢調査を行っているオフィサーに遭遇。
31年振りの国勢調査、こんな場所で見ることができるとは珍しい!と写真を
撮ろうとしたら「ちょっと待て!」と言われてしまった。

カメラ向けたらやばいのかな、そういえばこんな辺鄙な所に外国人がいるのも
おかしいか?なんてことが頭をよぎったのだけど、何のことはない、オフィサーは
付け忘れていたバッジを急いで装着し、これで良し!と撮影に応じてくれたのであった。
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まわりがこんな状況のとんでもなくワイルドな山中でしたが、キチンと調査に来ていることに感心。
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オフィサーの腰を見ると大きなナイフが!何のために?
辺境の国勢調査には危険が伴うのか。
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そういえばうちには国勢調査はいつくるのか?もしかしてもう来ちゃったのか?
少し心配になりましたが、どうやらこの記事を書いている本日午後に来るそうで
ちょっと安心。ちょっとでも正確なデータになってほしいですからね。
何しろ31年振りの調査ですから。
お隣さんはもう終わったらしい。何かドアの横にシールが貼ってある。

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by thitsa | 2014-04-02 15:34 | イベント | Comments(0)

ミャンマーと関わり19年。ブログは10年目。現地で旅行社と田舎カフェやってます。日々の暮らしや旅風景など綴ります。


by thitsa
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